トーストを箸で

5月2日

 

そろそろ見えてきたかなというところでなんとなくTwitterを開いたら当日券売り切れのお知らせ。わざわざ都現美の近くに宿取ったのに、ギリギリまでホテルで過ごしてたせいで目の前で売り切れ。8時30分。気持ちを切り替えてすみだ北斎美術館に向かう。ただ開館は9時30分。ここから歩いて30分。道中でコーヒーでも飲んでいけばちょうどくらいかなと、歩きながらスマホを見たがこの辺カフェがあんまない。小洒落ていて浅煎りと深煎りの2種類を必ず用意していて1杯600円くらいしてレジ横に焼きたてのカヌレが置いてありそうなカフェがない。あったのはチェーンが2軒と「喫茶mm」。調べたらモーニングが500円で食べれてコーヒーも付いてくるそう。良いじゃない。

 

行ってみると、ブラインドは閉まっていて中の様子が全く見えない店構えにちょこんと「営業中」の札。隣にはkey coffeeの電灯。ドアをチリンチリンと開けたがお客さんはいなければ店員さんも来ない。中は喫茶店とおばあちゃん家を1:1で混ぜたくらいの感じ。こりゃあ映えない。「すいませーん」と呼んでも誰も来ない。二歩進んでみるとカウンターにおばぁちゃん1人。一生懸命仕込んでる。カウンター越しにおばあちゃんの正面に立って「すいませーん」と呼んでも返事がない。一生懸命仕込んでる。「すいませーん!」と久々に出した大声は少し裏返って、「あらいらっしゃい」と、ようやく。

 

ソファ席に座り、のそのそとお冷を出してくれたタイミングでホットドッグセットを注文。
「コーヒーで良い?」
「うんコーヒーで」
普段店員にはしっかり敬語を使うが、フランクにタメ口で店員と喋るオッサンに少し憧れたりもする。今はうっかり敬語が出なかった。カフェだったらきっと、「はい。コーヒーでお願いします。」だろう。

 

届いたのはトーストセット。まぁ入ってきた時の感じから少し覚悟してた。「ドレッシングが良ければ」とドレッシングが2本届く。確かにプレートの上のサラダの隣にはマヨネーズが盛られていた。和風ドレッシングとゆずポン酢。「ハチミツちょっとしか無いけど、」とハチミツのボトルとイチゴジャムのデカ瓶。最後に箸。トーストセットに箸。「絶対フォークだって」と心の中でつぶやいてから食べ始める。サラダにゆずポン酢をかけて箸で、でもトーストは手で、食べ進めていると「ちょっとコレ食べて」と置かれたのは小さな茶碗に盛られた豚丼。「今日からなんだけどさ、味大丈夫かなって。」と言いながら目の前で刻み海苔をのせていく。おばぁちゃんまだトースト半分も食べてないよ。テレビでは羽鳥さんが明日から猛暑だと深刻そうに言っている。
「意外といけるね!」と、おばあちゃん。おばあちゃんもカウンターで豚丼を頬張っている。
「あらほんと良かったね」
「これ今日からなんだけどさ、大変だから簡単にしたの。昨日なんか昼間いっぱい来ちゃってさ、もう1人まわんなくてさ、おばちゃん来たから手伝ってもらったの。女の子休んで良いよって言っちゃって、ゴールデンウィーク暇だから、そしたらいっぱい来ちゃって」
テレビでは専門家が明日から猛暑だと深刻そうに言っている。


「もうきゅうりもつけちゃう」と次に届いたのはきゅうりの漬物。トーストセットに豚丼にきゅうり。俺普段朝食べないんだけどな。


トーストセットを食べ終わり、豚丼に取り掛かる。おばあちゃん家で出されるようなまろやかな豚丼だった。豆腐が入ってるタイプの優しい味。小さい頃食べたおばあちゃんの豚丼もこんな感じ、そしてあんま好きじゃなかった。それよりも母親が「こういうのが好きなんでしょ」とつくる濃いタレのかかったしょっぱい豚丼が好きだった。でも22歳ともなると優しい豚丼の味もわかる。なるほど、朝に出されても難なくいけちゃう。
「どう?」
「うん、美味いよ。コレはいけるね。」
「そうコレ今日からなの。」
わかったって。

ディオール展に入れなかったことはすっかり忘れて軽い足取りで店を出た9時43分。